「洋菓子との出会いと、マドレーヌが生んだきっかけ」
まだ私が小さい頃の話です。同じく和菓子職人だった父は、時折結婚式場で仕事をしていたのですが、お土産にと、式場の余り物のケーキを持って帰ってきてくれることがありました。まだ、世の中では贅沢品だったケーキ。一口食べれば口中に広がる甘い香りと、ふんわりとした食感はあまりに感動的で、たちまち洋菓子のとりこになりました。今思えば、その当時の体験が洋菓子を作ってみたい、と志すきっかけになったのかもしれません。
和菓子職人になると決めたのは、高校を卒業するタイミング。調理のいろはも、衛生面も基礎からしっかりと学びたいと辻製菓専門学校に入学しました。おいしい和菓子を作るために毎日調理場に立つ一方で、相も変わらずお菓子に目がない私は「どこの洋菓子がおいしい」なんて話を耳にするたびに、いそいそと食べ歩きに出かけては目で、舌でその魅力を味わい、幼少の頃とは違って今度は、作る側の目線でも洋菓子を観察している自分に気付くことになりました。
そうして月日が経ち、後継ぎとして谷甲賀堂に入って5年ほど過ごした頃、近所に住むお客様から「マドレーヌを食べたいのだけれど、作ってもらえないか?」と依頼されることがありました。それまで懸命に和菓子を作ってきた私は、そこで洋菓子を作りたいという気持ちが再燃。単なるマドレーヌではなく、丹波の黒豆を入れたオリジナルのマドレーヌを作ると大変ご好評をいただきました。そのお話をきっかけに、大々的に洋菓子の商品開発に力を入れることになりました。
「和菓子と洋菓子の垣根なく、おいしいお菓子を作り続けたい」
谷甲賀堂には、マドレーヌやフィナンシェ、カップケーキなど和菓子に負けないこだわりの洋菓子があります。偶然父が持って帰ってきてくれたケーキに始まり、専門学校時代の食べ歩き、マドレーヌのご依頼をくださったお客様……様々な出会いや出来事が、今の谷甲賀堂をつくり、支えています。
華やかで、目で見ても楽しめる洋菓子。一方で、私たち日本人の心に馴染む、ほんのりと甘くて、落ち着きをくれる和菓子。見た目も味も大きく異なる洋菓子と和菓子。どちらもお菓子として大好きだから、この味を守って、そしていつまでも新しい味や形を追求していきたいと思っています。
そうやっておいしいを追い求めて、お客様に「おいしかったから、また買いに来たよ」なんて言ってもらえて、喜んでもらえると何よりも嬉しい。それが私の、仕事のやりがいですから。